【つぶやき】BLについて書き殴る
- mam
- 8月26日
- 読了時間: 3分
どのカテゴリにも振り分けられないただの語りは「つぶやき」でするにかぎる(笑) BLというか同性愛の良さについて語りたい。そりゃあ若かりし頃は、ザ・恋愛!というかんじのBLが大好きだったし、いまでも素敵な作品に出会うことがあり、お気に入りの作家さんもいる。その昔は二次創作だってしていたし、青春時代の少年たちが胸をときめかせていちゃいちゃする作品を描いてきた。
歳を重ねて、確かになんというかその、えっちなやつは好きだしそれもお気に入りの作家さんがいて食い入るように拝読しているので大好きなのだけど、こと自分の作品では「関係性」というものに執着しているところがある。いわゆる少女漫画ベースのBL作品ではもうときめくことが難しいくらいのBBAである。「女の子のような見た目の可憐な少年」には「それは女の子で良いのでは」となってしまうほどだ。かといってガチムチマッチョBLが好きなわけではない。(読むけど)
見た目だけにとらわれない、関係性で魅せるBLこそ至極である。
あまたのジャンルがある。年下攻め、ツンデレ受け、幼馴染、同級生、兄弟、先生と生徒、同僚リーマン、…どれも大好きなのだけど、だいじなのは「どうしてその人じゃなければならなかったのか」というところである。青春時代の一過性であってほしくない。その人と愛し合ったとして、さて将来どうやって自分たちが生きる環境をつくっていくか?まで考えるような関係性が良い。最初はただやみくもに欲望に溺れるのでもいいけれど、魂でつながり合うようなふたりに萌えるもだから仕方ない。
それを突き止めて行った先に、本作のように「亡くなってもなお想いが残っている」、その想いを描きたい、というところに辿り着いた。ただ、亡くなるという大前提がある以上、単話であるべきだ。作品の中の彼らに気持ちをひっぱられてはいけない。(ひっぱられてしまいがちなので、自分)
オムニバスであること、そしてアオとモモの視点で客観視できることが大切である。
さらには、アオとモモを「対等」にすること。BLというからには彼らもそういった関係に…?というのはありではあるが、彼らは種族が違うし繁殖もしない。自分と違う存在(=他人であり対峙する存在)を作りはじめたばかりなのだから、色恋が芽生えるようなことは当面は考えていない。
自分とまったく違う価値観をもって違う生き方をしてきた他人との関わり方。それがバディとなっていくのを眺めるのも楽しい。いやいや、いつか自作の二次創作としてカップル然とする彼らを描くときがくるかもしれないけれど、今はまだ。
ちなみに見た目はショタだけどアオはもう何百年も生きているし、モモも結構な地球の歴史を渡り歩いてきているので、ショタおにとかおにショタではありません。便宜上「少年」って書いてるだけなのでなにがあっても合法です。ご心配なく!

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