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[episode34]秋風の残響

  • 執筆者の写真: mam
    mam
  • 10月30日
  • 読了時間: 3分

アオが静かに目を開けたとき、そこはどこかの学校の校舎の中だった。

木製の廊下が秋風にきしみ、窓の外には金色に染まった銀杏並木。放課後の陽だまりの中に、黒板の粉がゆっくりと舞っていた。


「ここは……夢主の夢の……。ええと、学校…ってやつかな」

アオの隣で、モモがぼんやりと口を開ける。


「はは、なんか懐かしい感じの建物だな。こういう匂い、アオ好きそう」

「うん。静かで、少し寂しい匂い」


ふたりが歩を進める先、教室の一角に座っている男性がいた。

淡いベージュのカーディガンに包まれたその姿は、どこか疲れたようで、それでも穏やかな笑みを浮かべていた。


彼の名は――結城総司(ゆうき・そうじ)。

高校教師。かつて男女とわず教え子たちに慕われ、静かな人気を誇った文学教師。

だが、今、病室のベッドで息を細くしながら、夢の中で最後の願いを口にしていた。


「彼に……会いたいな。もう一度だけ……」


モモがその声を受け取り、アオに目配せをした。

「叶えてあげようぜ。連れてはこれねえけど、夢を繋ぐくらいならできるだろ」

そうして、夢主の夢と、会いたいと願っている相手が見ている夢を繋いだ。それがこの校舎なのだ。


風が一度、校庭のススキを揺らした。

その瞬間、教室の扉が開き、背の高い青年がひとり入ってくる。


「先生……?」

その声に、夢主がハッとして顔を上げた。

目の前に立っているのは、かつての教え子――佐伯弓弦(さえき・ゆづる)。


かつて、教師と生徒だったふたり。

互いに密かなる想いを抱えていた。その想いを言葉にすることはなかったけれど、卒業したあともずっと胸の中に留まっていた。


「弓弦くん……来てくれたんだね」

「…これは夢だって、わかってます。でも……先生が呼んでくれた気がしたんです」


二人の間に沈黙が落ちた。

教室の時計は止まっているのに、外の世界では夕陽が少しずつ傾いていく。


やがて、総司がそっと笑った。

「教師と生徒じゃなくなったから、ちゃんと告白して付き合ってもらいたいと思ってたんだけどな」


弓弦は目を見開く。

それは、何年も胸の奥で繰り返し夢見た言葉だった。

彼の手が、そっと先生の手を包みこむ。


「……俺も、ちゃんと先生の恋人になりたいと思ってました」


一陣の風がカーテンを揺らし、金色の葉が窓から舞い込んだ。

触れ合った指先が、少しずつ透明に光を帯びる。

二人は互いを見つめたまま、ゆっくりと唇を重ねた。


秋風が通り過ぎ、廊下に残るのはやわらかな残響だけ。


アオはそっと瞬きをする。

モモが静かに腕を組み、風の向こうを見つめていた。

「魂だけになっても、こうしてちゃんと惹かれ合うんだな」

「……うん。消えない響き、みたいだね」


夢が静かにほどけていく。


その朝、弓弦は枕元の携帯で一通の通知を見た。

ちょうど同窓会の話があり、当時の仲間たちとLINEグループで繋がっていた。

そのうちの一人が母校に勤めている。通知はその友人からのもの。


「今朝、結城総司先生が永眠された。」


彼はしばらく動けず、ベッドの上でただ窓の外の風を感じていた。

銀杏の葉が落ちていく。どこかで、先生の声がした気がした。


「ありがとう、弓弦くん」


弓弦は目を閉じて、静かに微笑んだ。

あの夢はきっと、幻なんかじゃない。先生の想いはここにあった。


秋風の残響は、今も胸の中で響いている。

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