[epidode33]月の灯が揺れる夜
月の裏側にある静かな家。
風がないのに、ススキのような光の粒がゆらゆらと漂っていた。
アオはその中に腰を下ろし、地球を見下ろしていた。
彼の肩が、いつもより少しだけ下がって見える。
今日の夢主は、長く介護をしていた女性だった。
最期に見たのは母の面影。
安らいだ笑顔のまま消えていった彼女を見送ったあと、
アオはぽつりとつぶやいた。
「……どんなにがんばっても、最後はみんな、いなくなっちゃうね」
その声はかすかで、月の空気に溶けていった。
隣に現れたモモは人間の姿。何も言わずにただアオの隣に座る。
彼の手には、湯気を立てるマグカップがふたつ。
「飲め。冷める前にな」
アオは受け取り、両手で包むように持つ。
ほのかな甘い香りが鼻をくすぐった。
「……ありがとう」
静かな沈黙が、ふたりのあいだに落ちる。
しばらくして、モモが低く笑った。
「なあアオ、おまえさ。
自分が“救えなかった”とか思ってるんだろ?」
アオの垂れたうさ耳が、ぴくりと動く。
「……なんで、わかるの」
「顔に書いてある。おまえ、真面目クンだもんな」
そう言ってモモは、マグを口に運ぶ。
湯気の向こう、目を細めるその表情はいつになく穏やかだった。
「でもな。おまえがいなきゃ、俺たち——いや、俺もたぶん、
とっくに消えてたかもしれねぇよ」
アオが顔を上げる。
モモの横顔は、月面から浮かぶ光にやさしく照らされている。
「……モモが?… 僕はなにもしてないよ?」
「地上にいた頃の俺なんか、クズだったしな。ここに送還されておまえと組むようになって…俺はやっと息ができるようになった。おまえが動くから、俺も動く。おまえがいるから、俺もここにいられる。——そういうことだ」
アオの胸に、ぽうっとあたたかい灯がともる。
心臓の奥で何かがじん、と鳴いた。
「モモ……」
「だから、元気出せ。おまえが折れたら、俺が困るんだよ」
モモの言葉はからかい混じりで、それでもやさしかった。
アオはうつむきながら小さく笑う。
「……それはちょっと、ちょっとずるい」
「嘘は言ってねぇよ」
ふたりの笑い声が、月の空気に柔らかく溶けていく。
アオが見下ろす地球は、雲の切れ間に、夜の街の灯が瞬いている。
きっと、今日見送った人も、あの光のどこかに眠っているのだろう。
「ねぇ、モモ」
「ん?」
「モモって、結構やさしいよね」
「はぁ?……まあ、おまえ限定だよ」
「ふふ、知ってる」
アオの耳がふわりと揺れた。
自分は誰かにとって必要な存在なのだと思えることが、生きる糧になるのかもしれない。
——月の灯は、今日も静かに揺れている。

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