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[epidode33]月の灯が揺れる夜

  • 執筆者の写真: mam
    mam
  • 10月15日
  • 読了時間: 2分

月の裏側にある静かな家。

風がないのに、ススキのような光の粒がゆらゆらと漂っていた。

アオはその中に腰を下ろし、地球を見下ろしていた。

彼の肩が、いつもより少しだけ下がって見える。


今日の夢主は、長く介護をしていた女性だった。

最期に見たのは母の面影。

安らいだ笑顔のまま消えていった彼女を見送ったあと、

アオはぽつりとつぶやいた。


「……どんなにがんばっても、最後はみんな、いなくなっちゃうね」


その声はかすかで、月の空気に溶けていった。

隣に現れたモモは人間の姿。何も言わずにただアオの隣に座る。

彼の手には、湯気を立てるマグカップがふたつ。


「飲め。冷める前にな」


アオは受け取り、両手で包むように持つ。

ほのかな甘い香りが鼻をくすぐった。


「……ありがとう」


静かな沈黙が、ふたりのあいだに落ちる。

しばらくして、モモが低く笑った。


「なあアオ、おまえさ。

 自分が“救えなかった”とか思ってるんだろ?」


アオの垂れたうさ耳が、ぴくりと動く。

「……なんで、わかるの」


「顔に書いてある。おまえ、真面目クンだもんな」


そう言ってモモは、マグを口に運ぶ。

湯気の向こう、目を細めるその表情はいつになく穏やかだった。


「でもな。おまえがいなきゃ、俺たち——いや、俺もたぶん、

 とっくに消えてたかもしれねぇよ」


アオが顔を上げる。

モモの横顔は、月面から浮かぶ光にやさしく照らされている。


「……モモが?… 僕はなにもしてないよ?」

「地上にいた頃の俺なんか、クズだったしな。ここに送還されておまえと組むようになって…俺はやっと息ができるようになった。おまえが動くから、俺も動く。おまえがいるから、俺もここにいられる。——そういうことだ」


アオの胸に、ぽうっとあたたかい灯がともる。

心臓の奥で何かがじん、と鳴いた。


「モモ……」

「だから、元気出せ。おまえが折れたら、俺が困るんだよ」


モモの言葉はからかい混じりで、それでもやさしかった。

アオはうつむきながら小さく笑う。


「……それはちょっと、ちょっとずるい」

「嘘は言ってねぇよ」


ふたりの笑い声が、月の空気に柔らかく溶けていく。


アオが見下ろす地球は、雲の切れ間に、夜の街の灯が瞬いている。

きっと、今日見送った人も、あの光のどこかに眠っているのだろう。


「ねぇ、モモ」

「ん?」

「モモって、結構やさしいよね」

「はぁ?……まあ、おまえ限定だよ」

「ふふ、知ってる」


アオの耳がふわりと揺れた。

自分は誰かにとって必要な存在なのだと思えることが、生きる糧になるのかもしれない。


——月の灯は、今日も静かに揺れている。

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