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[episode32]その日、君に会えたら

  • 執筆者の写真: mam
    mam
  • 10月13日
  • 読了時間: 4分

更新日:10月15日

夜の病室に、秋の月がひっそりと光を落としていた。

点滴の滴る音だけが規則正しく響く中、ベッドに横たわる結城ケイは、まぶたの裏に広がる暗闇へそっと身を委ねていた。


肉体は確実に弱っている。医師から告げられた余命は、指折り数えられるほど。

―それでも、まだ終わっていない。

そう思った瞬間、淡い光とともに二つの影が現れた。


「こんばんは、ケイさん」

白い兎耳を揺らしながら、アオが柔らかく微笑む。

「僕たちは夢の案内人。あなたの“幸せな記憶”を探しに来たんです」

隣で黒髪のモモが片手をひらひらと振り、「案内人兼ボディガードだ」と軽く笑った。


ケイはかすかに目を見開き、唇を動かす。

「じゃあ……これから、その記憶を一緒に作ってくれない?」

「これから?」アオが瞬きをする。

「うん。まだ死んでない。だけど、時間はもうない。最後に―僕が一番きれいな姿になって、好きな人と過ごしたいんだ」


その瞳は、命が尽きかけているとは思えないほど、澄みきった輝きを宿していた。


アオとモモの力で広がった夢の世界は、秋の夜を思わせる街並みだった。

銀色の月が高く、ススキが風に揺れ、街灯の下にはカフェやブティックが並ぶ。

ケイは鏡の前でメイクを施していく。

パウダーが頬をすべり、淡いローズ色が唇を染めていく。

ウィッグをつけ、ドレスを身にまとうたび、少年の輪郭がやわらかくほどけていった。


「……きれい」

思わずこぼれたアオの声に、ケイは小さく笑う。

「ありがとう。これが僕の“なりたい僕”なんだ」

モモは肩をすくめつつも、どこか誇らしげにその背中を見守っていた。


ケイが向かったのは、同級生で親友の佐伯悠人との約束の場所。

夢の中で送った一通のメッセージに、悠人は何の疑いもなく応じてくれた。

「街で出会った女の子」として。


二人は観覧車に乗ったり、秋風の吹く川沿いを歩いたりして、いわゆるデートの時を過ごした。

まるで出会ってまもない男女が、ぎこちなく過ごす初々しいデートのように。

ぽつりぽつりと交わされる会話。

本来ならばたくさん知っている悠人のことも、いま初めて聞くことのように目を見開き相槌を打つ。そんなことさえも幸せを感じる。

いま、自分は好きな人と、かけがえのない時を過ごしているのだ。


徐々に距離が近づき、悠人はケイの手をとる。そこから恋物語が紡ぎ出されるような甘い時間。

お互いのことをまだそれほど知らない、けれど恋を自覚しているような。

月光が二人の影を寄せ合い、ススキの穂が銀に揺れる。

記憶にしっかりと残るような、印象的な夜を過ごした。


――この時間が、永遠に続けばいい。

そう願いながらも、ケイは胸の奥で終わりを迎えることを感じていた。


やがてベンチに腰を下ろし、ケイは微笑む。

「今日は、わたしに付き合ってくれてありがとう。わがままを聞いてくれたね。でも……これでお別れです」

その声が震えた瞬間、悠人がそっと手を取り、真っ直ぐに見つめてくる。


「…女装してても、俺にはわかるよ。……なあ、きみは、ケイだろ?」


世界が静まり返った。

ケイは息を呑み、涙が頬をつたう。

悠人は優しく微笑み、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「俺、ずっときみのことが好きだった。でも、…ケイはもう、……。だから、これ以上は追わない。

俺は生きるよ。ケイの分まで。ケイは――…ちゃんと、旅立って。」


その言葉とともに、悠人はそっと唇を重ねた。

温もりが、胸の奥の凍えを溶かしていく。


デートが終わり、ケイは夢の街を振り返る。

アオとモモが月明かりの下で待っていた。

「ありがとう。これで心残りはない」

穏やかな微笑みを浮かべたケイは、現実の病室へと帰っていく。


しばらくして、静かな夜。

ケイは満ち足りた表情のまま、病室で静かに息を引き取った。


秋風にススキが揺れる夢の川辺で、アオは空を見上げる。

「人って、最期の瞬間にこんなに美しく輝けるんだね」

モモは月を見つめながら、低く答える。

「“好き”の形に性別も時間も関係ない。ただ、その想いがあるだけだ」


二人は月明かりに導かれ、帰路を急ぐ。

ケイが遺した“最後のデート”の余韻を胸に、次の夢へと向かって――。

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