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[episode31]双つの命と彼岸花

  • 執筆者の写真: mam
    mam
  • 9月25日
  • 読了時間: 3分

白い天井をぼんやりと見つめながら、肺の奥に溜まった空気をゆっくり吐き出した。

秋分の夜。病室の窓から射す月の光が、点滴の管を淡く照らしている。

胸の奥が痛む。命が削れていく感覚が、もう恐怖ではなく淡い諦めとして身体に馴染んでいた。


 ——七歳で亡くなった弟のことを、男は思った。


自分と同じ日に生まれ、同じ顔を持ちながら、先に旅立った小さな命。

あの子を失ってから30年あまりの月日が流れたが、自分の半身を切り離されたような喪失感が拭えず、幼少期から今にいたるまで、誰かを愛することも未来を描くこともできなかった。


ただ生きていた。

心配してくれる友達でさえも、心の奥までは入れなかった。

そして病気を患ってからは、やっと終わるんだという喜びさえもあった。


「お前は死ぬ時、どんな気持ちだったんだろう」

何度も胸の内で弟に問いかけながら、今日まで生きてきた。


瞼が重くなる。

月明かりがぼやけ、世界が静かに遠ざかっていった——。


 ***


風が頬を撫でた。

目を開けると、そこは川辺の土手だった。満月が水面を白く染め、ススキが風に揺れている。

あの日、弟と虫取りをした懐かしい場所だ。

夜の空気はひんやりとして、赤い彼岸花だけが燃えるように咲き誇っていた。


その花畑の中央に、七歳の弟が立っていた。

小さな手を振り、無邪気な笑顔を見せている。


「やっと来たね、兄ちゃん」


男は立ち尽くした。自分は大人の姿だ。

声を絞り出す。


「……お前、ほんとうに……」


「うん。兄ちゃんを迎えに来たんだよ」


幼い弟は走り寄り、月光を浴びながら隣に並んだ。

歩き出すと、草の匂いと、幼い日の記憶が胸に押し寄せてくる。


「お前がいなくなってから、誰も好きになれなかった」

男は空を仰いだ。

「俺の半分が、お前だったから。残りの半分じゃ、誰も愛せなかった」


弟は柔らかく笑う。

「ぼくもさびしかったよ。でもね、兄ちゃんが見ていた景色、ちゃんとぼくにも届いてた。ぼくの分まで、いままで生きてくれて、ありがとう」


弟が手を差し出す。

「もうこっちに来ていいんだよ。今度こそ一緒に月を見よう」


迷いはなかった。

その手を取った瞬間、男の身体は淡い光に包まれ、背が縮み、指が小さくなっていく。

気づけば、同じ七歳の姿で弟と向かい合っていた。

誰が見ても双子だとわかるだろう。一卵性の双生児だ。


「また双子になれるかな」

「うん!また一緒に降りようね」


二人は笑い合い、手を握り合って駆け出した。

月夜に揺れる彼岸花の道を、少年の足で。


 ***


少し離れた堤防の上。

アオとモモが静かにその光景を見守っていた。

月の光に包まれ、双子の輪郭はやがて霞んでいく。


「魂って、家族って、肉体がなくなっても惹かれ合うんだね。」

アオが小さく呟く。


「生まれる前から、ひとつだったんだ。双子ならなおさらだろ。探す必要もなく迎えにきてるんだもんな。無駄足だったな」

別にいいけど、と、モモが耳を揺らして続けた。


アオは夜空を仰ぎ、満ちる月にそっと微笑んだ。

「ふたりでひとつ」という言葉が、胸の奥で静かに響く。

風に揺れるススキが、優しい音を立てていた。

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