[episode01]月兎の夢路
- mam
- 7月2日
- 読了時間: 3分
更新日:7月22日
月の白銀の庭で、兎耳の少年・アオはバクのモモと共に、次の旅の支度をしていた。
彼らの使命、それは、地上に降り立ち、まもなく命を終える者の夢の中で、「いちばん幸せだった記憶」を共に探し、その魂を安らかに導くこと。
今宵の旅先は、二十五歳の青年、「ユウ」の夢。事故により、目を覚ますことはもうない。
夢の中に降り立つと、
その青年は静かな教室にひとり、窓の外を眺めていた。机の上には、古びた漫画の落書き帳。
「はじめまして、ユウさん」
アオは微笑みながら声をかけた。耳がぴょこりと動く。
「僕はアオ。こっちはお供のモモ。僕らは…君の“いちばん幸せだった記憶”を探しにきたんだ」
ユウは戸惑いながらも、どこか懐かしそうにアオを見つめた。
「──…死神?…夢?……ああ、俺はやっぱり、死ぬのか…」
アオは少し考えたあと、うなずいて手を差し出す。
「怖くないよ。大丈夫。さあ、君の一番を見つけよう」
夢の中で時をさかのぼる。
ユウの記憶の中に、ひときわ鮮やかに色づく一場面が目に留まった。
***
高校二年の冬、雪で真っ白になった校庭。
そこには、ひとりの少年がいた──カイという名の、無愛想で不器用な同級生。
「ユウ、お前さ…バカみたいに笑うよな」
「え、なにそれ、褒めてる?」
「……まあ、そう」
「能天気だって言いたいんだろ?知ってるよ」
「違う。… お前のそういうところが…」
その冬の日、誰もいない校庭の片隅で二人は凍える指先をそっと重ねていた。
繋ぎ合うでもなくただ、かすかに触れるだけの指先。
言葉にすれば壊れてしまうかもしれない。
だから、その距離を縮めてそこに一緒にいることを選んだ。
誰にも言えなかった、でも確かにそこにあった「想い」。
***
アオはその光景を見届けながら、小さく息をのんだ。
「これが…君の“いちばん”なんだね」
ユウは頷いた。
「あの時が、人生でいちばん幸せだった。たばそばにいられるだけで幸せだったんだ…でも、カイには言えなかった。ずっと、伝えられないままだ。」
アオは静かにユウの手を握る。
「君のその気持ちは、ちゃんと残るよ。それに…君がこの記憶を一番だと選んだことで──きっと、彼にも届くから」
夢の終わりが近づく。
ユウの肉体もまた、病床で終わりを告げる。
空が白く滲み、夢の中のユウの姿が透けていく。
アオはそっと手を伸ばした。
「君の魂は、今、満ちている。カイくんとの記憶が、それを証明してる。」
ユウは一筋の涙を流しながら、最後に微笑んだ。
「ありがとう。アオ、君に会えてよかった」
そして光の中へと、穏やかに昇っていった。
月へ戻る道すがら、モモがぽつりとつぶやいた。
「アオ、お前にも“いちばん”はあるか?」
アオはしばらく黙っていたが、やがて耳を垂らして小さく笑んだ。
「さあ…どうだろう。いつか、誰かの夢の中に僕との思い出が見つかることも あるかもしれないね。…君とか?」
「…そうだな」
月の夜は静かに更けていく。
今宵もまた、誰かの「幸せ」が、優しく世界を照らすのだった。
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