[episode14]色づく世界、月の食卓で
- mam
- 7月31日
- 読了時間: 3分
月に棲んでいると、ふとした拍子に地上の味が恋しくなる。
モモは時折、地上にこっそり降りては食材を仕入れていた。
任務を終えて戻ったとある夜、アオはぼんやりと星を眺めていた。
しんと静まり返った月の地表に、夜の帳が降りている。
おなか、すいたな…
そんなことを考えていると、背後から、ひょいとモモが現れた。
「なあ、アオ。腹減ってないか?今日はちょっと特別なものを食わせてやろうと思ってな」
「おなかすいた。…特別って…?」
「……米。」
アオの目がまんまるになった。
「お米?この前の任務の時、あの夢主が話してた“炊きたてのごはん”?」
「ああ。おまえになにがなんでも食わせてやりたくなってな。ちょっと、地上の知り合いから譲ってもらってきたぜ」
「すごい……!」
アオは椅子から飛び降りて、モモの隣にぴたりと寄った。
前に料理をふるまってから、アオはモモの手料理にご執心だ。まさに胃袋を掴んだような状態で、地上のことに詳しいモモがこっそり持ち込む食材で
月の家には、ごく簡素な調理設備がある。地上ほどの文明はないが、工夫次第で温かな食卓を囲むことはできた。
モモは、蓋つきの小鍋に白い米を一合ほど移すと、月の蒸留水を180mlぴったり加え、30分ほどじっと吸水させた。
「月は地上より気圧も熱伝導も違うからな。炊くのもひと工夫いるんだよ」
水を含ませた米に、ほんのひとつまみの塩と、あらかじめ温めた湯を少量足し、鍋底が焦げつかないよう慎重に弱火にかけていく。
「これ、炊きすぎても芯が残ってもだめなんだ。難しいんだぞ」
「モモ、詳しいね。さすが地上出身」
「昔はよく炊いてた。……ひとり分だったけどな」
その横顔は、ほんの少し寂しそうだった。
アオは黙ってそばに座り、小さな声でつぶやいた。
「モモ、今日はふたり分だよ」
モモがふっと笑った。
やがて、鍋の蓋がふるふると震えはじめ、ふわりと甘い香りが漂った。
湯気の中に、懐かしいぬくもりが立ちのぼる。
「……できたな」
モモが蓋を開けると、白く輝く粒がふっくらと湯気の中に立っていた。
「きれい……!」
「おかずは、月で育てた小粒の青豆と乾燥ニンジン・きのこを水で戻して、月味噌で炒めたやつ。ちなみに月味噌は地上の名残の…豆で仕込んだ俺の手作りだぜ」
興味深く料理を見つめるアオに、気を良くしてモモは続ける。
「この黄色い…卵焼きは、ここでは砂糖は手に入らないから、蜂蜜を少しと塩ひとつまみ。ほんのり甘じょっぱい感じにした。卵ってわかるか?これも地上から調達してきたやつで栄養価が高い。特別に二個使ってて、こう、くるっと巻いてふんわり仕上げるのがコツなんだ」
「どれも初めて見る料理…ごちそうだね」
ふたりは並んで、湯気の立つ食卓についた。
アオは、そっとひとくち分のごはんを口に運んだ。木製のスプーンですくうと、つやつやと輝いて見えた。
口の中で、ふわりとほぐれる、やさしい甘み。
噛むたびにじんわり広がる、温もりとやすらぎ。
「……おいしい」
その言葉に、モモは少しだけ照れくさそうに笑った。
「だろ。……おかわりもあるぞ」
「うん。ありがとう」
ふたりの小さなテーブルには、今日も灯りがともる。
それは命を見送る日々の対岸にある、静かでやさしい時間だった。
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