[episode23]出会いの予兆
- mam
- 8月23日
- 読了時間: 2分
更新日:8月24日
アオが目を覚ました時には、すでに月にいた。
自分が生まれ育った記憶も、どうしてここにいるのかも分からない。ただ気がつけば、小さな庭と畑、泉を抱いた家で暮らしていた。
庭の畑には月菜が育ち、空腹になればそれを摘んで皿に盛る。味気ないがそれで空腹は満たされ、住処の裏にある泉から汲む水は、透き通って澄んでいた。寒さも暑さもなく、暮らしに困ることはない。だが、胸の奥はいつも静かで空白だった。
彼に語りかけるのは、月そのものの声。
直接、脳に響く声が「あなたは夢の案内人として、人の最期の夢を見届けなさい」と告げる。アオは素直に従い、最期の眠りにつく人々の夢に寄り添った。誰も彼そのものの存在を見てはいなかったが、それが役割なのだと思っていた。
けれど、夢主たちの人生を覗くたび、アオの中に小さなざわめきが残った。互いに笑い合う友。支え合う家族。寄り添い合う恋人。夢の中の記憶には、誰かと肩を並べて歩く光景があふれていた。
アオは泉の水面に映る自分を見つめながら思う。どうして自分には、それがないのだろう。指先を伸ばしても、水に揺れる自分以外に誰もいない。胸の奥がじんわりと疼く。名前をつけられない感情──けれどそれは、誰かと対等に並びたいという幼い願いに似ていた。
「人は、必要な時に必要な誰かと出会うものですよ」
ある夜、月の声がそう囁いた。意味は分からなかったが、言葉は心の奥でかすかに光を放ち続けた。
その夜のことだった。
庭の畑から、不思議な物音がした。
風や泉の水音以外を聞くのは初めてで、アオの胸は高鳴る。
薄手の布を羽織り、静かに外へ出る。銀色の光の下、畑の影が揺れている。
「……だれ?」
声を出す自分に驚きながらも、足は自然と前へ進む。もしかしたら──あの言葉の意味が、今ここで叶うのかもしれない。胸の鼓動は早鐘のように打ち続けていた。
その先に待つのが、自分の運命を変える存在──モリスとの出会いだとも知らずに。
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