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[episode26]古書店と失われた手紙

  • 執筆者の写真: mam
    mam
  • 9月3日
  • 読了時間: 3分

アオが目を開くと、そこは薄暗い古書店の中だった。

棚には古びた本がぎっしりと詰め込まれ、紙とインクの匂いが漂っている。雨の音が外からかすかに聞こえ、窓辺には埃をかぶった便箋の束が置かれていた。


「今回は、…本の匂いか。しかも、どれもこれも古いものばかり…。アオ、お前こういうの好きそうだな」


モモが肩越しに囁く。


「……うん」

アオは小さくうなずいた。確かに、うっすらと埃が積もった古書が並べられていて、知識と歴史を感じられるここは、アオにとってどこか落ち着く場所だった。


店の奥に進むと、背を丸めた老人が机に向かっていた。手には震える指でつまんだ古い手紙。封は切られていない。老人はかすれた声でつぶやいた。


「届かなかったんだな……結局、一度も」


夢主である彼、祐一は、若き日にこの書店で働きながら勉学を学び、そしてひとりの青年に恋をしていたのだという。その相手に宛てた手紙は、時代の空気の中で届けることができず、ただ机の奥にしまわれてきた。


「せめて一通でも、…一言でも、届けばよかったんだがな……」


声ににじむ悔恨。震える手から便箋が滑り落ちる。アオはそっとそれを拾い上げると、優しく問いかけた。


「この手紙には、あなたのどんな言葉を込めていたんですか」


老人はアオの問いを受けて少し考えると目を閉じ、遠い日を思い出すように言葉を紡ぐ。


「好きだ、と……ただ、それだけだよ。夢中に何かを学ぶ君が好きだと」


その瞬間、夢の景色が柔らかく揺らいだ。まるで時を越えて想いが形になるかのように。アオとモモの目の前に、若き日の祐一と、彼が想いを寄せた青年の姿が現れる。


祐一の記憶の中の、想い人。言葉はないが、まるで彼の告白を待っていたかのように目を細めた。

二人はやわらかな光に包まれ、微笑みを交わす。


「君が好きだ。ずっと、もっと一緒にいたかった。一緒に歳を重ねたかった…」

老人ではない祐一の、まっすぐな声が通る。

幻の中の青年はただ頷いて、祐一を抱きしめた。


光がすべてを包み込むと、古書店の景色もまた静かに消えていった。



「あのじーさん、幸せな記憶に満たされていったな」

「少なくとも、悲しみの中ではなかったね。……帰ろう、モモ」

昇っていく光を見送りながら、ふたりは帰路についた。


---


月へ戻ったあと。

アオは机に頬杖をつきながらぽつりとつぶやいた。


「手紙かあ…。手紙って、そういえば僕、書いたことももらったこともない」


その言葉にモモは「ふーん」と気のない返事をしたが、

数日後、アオが書棚を整理していると、古びた紙の切れ端が机の上にあることに気づいた。

そこにはたったひと言――


『アオへ 出かけてくる』


アオは眉をひそめて唇を尖らせたが、それからふっと笑った。


「……初めて僕がもらった手紙がこれ、ってわけ?もー…」


文句ともとれるが、アオはその紙を大切に畳んで、机の引き出しへとしまい込んだ

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