[episode27]名前のない箱
- mam
- 9月8日
- 読了時間: 2分
アオは、廃材を両腕に抱えて帰ってきたモモをじっと見ていた。
夢の中で拾ったらしい板切れや木片。どれも色褪せ、角がささくれている。
モモは「そのうち役に立つかもしれねえだろ」と笑って部屋の片隅に置いてどこかへ消えたが、アオの目には、その傷んだ木が不思議と柔らかい光を帯びて見えた。
その夜、アオは小さな灯りの下で板を削り始めた。
刃物を当てるたびに木の香りが立ち、手のひらに粉が舞い散る。
釘も金具もないから、板の端を削っては組み合わせ、少しずつ形を作っていく。いわゆる「ほぞ継ぎ」という手法は、古い本で知っていた。
両手で持ち上げるのにちょうど良いくらいのサイズの、小箱が出来上がっていく。
時間を忘れるほどの細かい作業。夢主たちの記憶に触れる時と同じように、アオは不思議な充足感を覚えていた。
──何を入れるのか、自分でもわからない。
大事にしておきたいものを、そっと守るための箱。
そのまま机の引き出しにしまうのではなく、特別なものとしてしまっておく箱。
アオはまだその気持ちに名前を与えられずにいた。
翌朝、モモがどこかから戻ってくると、机の上に小さな木の箱が置かれているのを見つけた。
上に軽く持ち上げると、蓋が「ぱかっ」と開いた。
内側まで丁寧に磨かれていて、指先にすべすべとした木の温もりが残る。
夜通し作業をしていたアオに目をやると、
「……ただの、箱だよ」と視線を逸らした。
モモは口元を緩め、からかうように覗き込む。
「へぇ……細かい手仕事とか、木の匂いとか、こうやって形にして大事にするの……お前、好きだもんな?」
「……ん」
小さな声でうなずくアオ。
その頬がじんわり熱を帯びているのを見て、モモはニヤリと笑った。
「なーんだ、素直になったな」
「……僕はいつも、素直だよ」
アオはそっぽを向き、静かに拗ねたように唇を結ぶ。
モモはますますおかしくなって、机に肘をつきながらアオの横顔をじっと見つめた。
「へぇ……そういう顔もするんだ。可愛いじゃん」
「……もう、やめてよ」
さらに視線を逸らすアオ。その反応が可笑しくて、モモの笑みは止まらなかった。
箱の中に入れるひとつめは、時計屋の夢から持ってきた懐中時計。
それから、生まれて初めてもらった「手紙」…モモからのもの。
箱がいっぱいになったら、また新しい箱を作るだろう。
大切なものは、たくさんあって良い。
まだ名前のない箱。けれど、そこに込められた想いは、二人だけが知っている。
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