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[episode35]眠りの隣

  • 執筆者の写真: mam
    mam
  • 11月9日
  • 読了時間: 2分

地上での夜遊びってやつは、たまに妙に長くなる。

人間の夢の中は賑やかで、抜け出すタイミングを見失うんだ。

気づけば帰り道の月は、いつもより静かに見えた。


自分たちの部屋に戻ると──

扉の隙間から、かすかな灯が漏れていた。

アオのやつ、まだ起きてやがる。


「……おーい、寝てねえのか?」

声をかけながら入ると、机に座ったアオが振り向く。

手元では小さな懐中時計が分解されていて、銀の歯車が月光を吸って、淡く光っていた。


「モモ、おかえり」

穏やかな声。眠そうなのに、どこか嬉しそうでもある。

「なにしてんだよ。こんな時間に」

「時計の修理。モモがいなかったから……うまく眠れなくて」


一拍、時間が止まった。

何気ない調子で、そういうことをさらっと言う。

まったく、油断も隙もない。


「子どもかよ。俺がいないと寝られねーのか?」

軽口を叩いてみたけど、胸の奥がじんわり熱いのを誤魔化すには足りなかった。


アオは小さく笑って、歯車をピンセットでつまみながら言う。

「この音、モモが好きだって…言ってたでしょ」

そう言って、時計を耳元で鳴らしてみせた。

チッ、チッ……。

乾いた音のひとつひとつが、まるで鼓動みたいだ。


「…ああ。覚えてたのかよ、そんなの」

「うん。この秒針の音、聞いてると落ち着くって言ってたよ」

「……そうだったかもな」


からかう言葉が、喉の奥で消えた。

アオの横顔があまりに静かで、

触れたら壊れそうで、息を潜めたくなった。


「もう作業やめるからさ。眠れるまで…ここにいて」

アオがぽつりとそう言う。

「まったく……しゃーねぇな」

モモは苦笑して、バクの姿に戻る。

のそりと床に横たわって毛布にくるまった。


アオもその隣に身を寄せる。

モモはアオのベッド代わりのサイズ感になると、深く体を預けた。

緊張感などない、信頼のぬくもり。

懐中時計の音がふたりの間を渡っていく。


チッ、チッ、チッ…──。

時が進んでいるのか止まっているのか、分からなくなる。

月の裏には、太陽があたらない。だから、朝がこない。時間の概念あるものの、暗いまま。

でも、こうしてふたりでいると不思議と安心できた。


まぶたが重くなっていく。

最後に思ったのは、

「こいつがいないと眠れないのは、たぶん俺も同じだ」ってこと。


時計の音が、夢の底に溶けていった。

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