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[episode38]幸せな記憶のために -雨ときみ-

  • 7月1日
  • 読了時間: 3分

六月。

朝から降り続く雨が、会社の窓を細かく叩いていた。

後輩の怜央が窓の外を見ながら伸びをする。


「……また降ってますねぇ。」

「そりゃあ…梅雨だからね。」


湊は書類から目を離さず答えた。


ふたりが付き合い始めて、半年。会社では相変わらず"少し仲の良い同僚"のままだ。それでも、仕事終わりになると自然と待ち合わせをして、一緒に帰ることが増えた。


誰にも言わない。

けれど隠しているというより、大切だからしまってある秘密だった。


会社を出ると、雨脚は朝より強くなっていた。


「うわぁ……。」


怜央が空を見上げる。


「怜央。傘、ある?」

「あります!たしかここに…」


そう言って鞄を開いた怜央が固まった。


「あ。」

「ん?忘れた?」

「あーー………出がけに…玄関に立てかけたままです。」


湊は少しだけ肩を震わせた。


「ちょ…湊さん、笑ってる?」

「いや。」

「今笑いましたよ。」

「ふ、…… まあ、少しだけ。」

「ひどい!」


怜央が拗ねたように唇を尖らせる。


「悪い悪い。じゃあ…俺の傘、入る?」


そう言って湊が傘を広げる。


「え、いいんですか。」

「濡れて風邪ひくよりは良いでしょ。」


相合い傘なんて、学生以来かもしれない。

肩が触れそうで触れない距離。


雨音だけが静かにふたりを包む。


「……狭いですね。」

「怜央が近いんだよ」

「湊さんが避けるからです。」


「…じゃあ傘から出るよ。」

「だめ、それは困る。」


少し寄る。

肩がトンと優しく触れた。けれど、怜央は何も言わなかった。

その沈黙が心地いい。


途中、小さな和菓子屋の軒先で雨宿りをする。

ガラスケースには、水ようかんや葛まんじゅうが並んでいた。


「あ、これ、美味しそう。」


怜央が指差したその先を確認する。そこには紫陽花をイメージしたような綺麗な色の練り切りがあった。


「じゃあ…買って帰ろうか。」

「ほんとですか?」

「うん。半年記念、ってことで。」


その言葉に、怜央がぽかんと目を丸くした。


「……覚えてたんですか。」

「忘れる理由がない。…忘れてると思った?」


怜央は照れくさそうに笑う。

「実はね、俺だけ気にしてるのかと思ってました。」

「そんな薄情な男じゃないよ俺は」


少し考えてから、湊は静かに続ける。


「半年前はね。」

「はい。」

「恋人になれるかどうかより、恋人になったあとを考えるのが怖かった。」


雨粒が屋根を叩く。

「今は?」

「……君と変わる季節を過ごすのが、すごく楽しみになった。」


ほんの少しだけ照れたように言うと、怜央は嬉しそうに笑った。


「じゃあ次は夏ですね。」

「そうだね。」

「花火、見に行きましょう。ほら、あそこの川辺でやるやつ」

「花火大会?人、多いよ。」

「え〜?それじゃあ、朝顔市。」

「それも人が多い。」

「じゃあ、かき氷食べに行くのは?」

「それならいい。」

「やった!」


子どものように喜ぶ怜央を見て、湊もつられて笑う。


雨はまだ降っている。けれど、あの日感じていた、震えるような冬の寒さは、もうどこにも残っていなかった。


人生なんて、なにがあるかわからない。

喧嘩したり別れたり、ふたりでいれば色々なことがあって当たり前だ。

でも、いつか終わりを迎えても、良いご縁だったと思えるように、君との日々を大切にしようと思う。


そしていつかあのウサギの男の子に再会した時、「しあわせだったよ」って言うんだ。


<あとがき>

長い時間を経て続編です。オフィスラブで後輩×先輩 年下攻めが気に入ったので引きのばしました。また時を経て書きたい。


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